山口貴由御大の新作は現代劇である「劇光仮面」です。「シグルイ」や「覚悟のススメ」で強烈なインパクトを残した作者ですが、この作品では物騒なことはそう起こりません。

しかし、何故なのかわかりませんが、ただただ普通の話をしているだけのはずなのに異様に恐ろしい。元のタッチがそうさせるということもありますが、作品の雰囲気、流れ、思い、表現、それらどれをとっても恐ろしく、そして美しい。

この雰囲気が独特で、とにかく惹かれてしまいます。物語としては一体どこに着地するのか全然予想もつかなく、果たして話が大きく動き出したのかそうでないかもわからないほどの展開なのですが、何故か目を離すことが出来ません。

それは何故かを考えてみると、それは山口先生がこの作品に並々ならぬ思いを乗せて描いているからだと思うのです。

290ページもある1巻を読み進めていくと、作中のキャラを通して特撮美術への異様なまでの情熱を感じます。キャラの一言一句が特撮美術への愛を持っており、その思いが作者の表現したいものにならないことであることが胸に響くのです。

20220531_000
「あの時代の特撮は”火”と”水”と”重力”が本物なんで、本当に”在る”感じがするんです。」

このセリフは70年代の特撮美術に対しての発言です。「劇光仮面」では主に戦後から70年代ほどの、特撮美術で全てを表現していた世界に言及されています。

これらのセリフ、山口先生が日頃から特撮美術に思いを馳せていることなのでしょう。このセリフひとつとっても、特撮美術に対しての強烈な思いが見え隠れします。

20220531_001
「太平洋戦争末期、追いつめられた日本軍上層部は末端の兵士に奇跡じみた戦果を期待して人間と機雷を合体させた兵器を造った。「パンドーラ」も人間と人間以外の物を合体させて兵器にした。改造人間というのは絵空事じゃなかったんだ。」

作中で出てくる覆面ヴァイパーの改造兵士シャゴラスの由来が、太平洋戦争末期の人間機雷「伏龍」と重なってしまった事実を作者の狭山先生から聞く話など、戦後の特撮と戦争が切っても切り離せないものであったこととして表現しています。

これは本当の事実なのか、そういった物語を山口先生が作り上げたのかはわからないのですが、特撮美術で作り上げられた怪人はそこにいるだけで恐怖を感じなければならないということと、戦争の恐怖を紐付けた表現になっています。

このような流れがスムーズに展開されて、気づけば次々にページをめくってしまいます。その怖さ、面白さにひたすら惹きつけられて、ただただ読み耽ってしまう、引き込まれてしまうのです。

ただ、この面白さというのは言葉で伝えるのは非常に難しいです。これは実際に読んでいただかなければ絶対にわからないものだと思います。それくらい、空気感がものすごい。ここまで引き込ませるのはまさしく漫画の技術と言えるのではないでしょうか。

というのも、前述した通り、物語としてはどこに着地するのか全然想像できなくて、まだまだプロローグな気がするのです。今後何が起こるのか全然想像できません。それなのに既に面白いのです。特撮美術の説明ひとつとっても、キャラのそれぞれの特撮美術に対する思いひとつとっても、読み応えがあります。

物語を大きく動かすことなく読ませてしまうというのは、まさしく漫画の構成、技術の賜物なのではないでしょうか。まさか現代劇を、このような形で読めると思わなかったです、とにかく素晴らしい。


いやあ、面白いのだけど、人に薦めるのは難しいなあというのが率直な感想です。山口先生の作品は合わない人には合わないと思うので。しかし、はまれば絶対面白いですし、「劇光仮面」は間違いなく傑作になる雰囲気があります。今後も目が離せません。


眠気覚め度 ☆☆☆☆


劇光仮面(1) (ビッグコミックススペシャル)
山口貴由(著)
小学館 2022-05-30T00:00:00.000Z
5つ星のうち4.9
¥825